遠い夏の回想

 石神井に住んでいた小学生時代、夏休みに、あるプ−ルに行くのが楽しみだった。バス・電車を乗り継ぐのだが、普段自転車しか乗らない小学生にとって、けっこうな冒険でもあった。

 行き方は二通りあった。ひとつは吉61のバスで吉祥寺に出て、オレンジ色の中央線で武蔵境へ。(そういえばここは今もさほど様子が変わってない。まもなく高架になると景色が一変するのだろうなあ・・・)。そこで古臭い車両の西武是政線※1に乗り換える。多摩墓地※2という駅で下車し、徒歩約5分。

 もうひとつ、こちらは黄色い総武線でもOK。吉祥寺から三鷹まで一駅乗り、南口から小田急バスに乗る方法。(今思うと、降りる停留所は竜源寺だった。)いずれにしても当時の「国電」には、冷房なんて全くなかった。扇風機の真下、つかの間の涼しい風の感覚が、おぼろげに残っている。

 その頃の景色もほとんど記憶にない。武蔵境駅の他は、三鷹駅前にあったバス乗り場の記憶くらいだ。なのに、運賃だけはなぜか鮮明に覚えている。なんとバスは小人20円(大人40円)、国電の最低区間は小人10円(大人30円)だった! 思えばお金を使う機会もそれほどなかったのだろう。いやいや、電車そのものが興味の対象なのは、今も昔も変わらないようだ(笑)。

 今年の夏はたまらなく暑い。冷房嫌いの私は、電車の中の、異様なほどの冷やし方がこれまたつらい。思わずジャケットを羽織った中央線の中で、ふとそんな記憶が蘇る。

 中央線は、今もかろうじて全身オレンジのままだ。けど今走っている車両に扇風機はもうない。しかし、最近のメタリックな総武線の電車とは、決定的に違うことがひとつある。それは窓の開閉ができることだ。

 時代とともに、便利なものがどんどんでてくる。そういうわけで電車だって冷暖房完備、窓の開閉の必要はない。なんで窓は一枚ガラスにとって変わったのだろう。しかし同時に、いつのまにか便利さに支配され、自由を奪われているようにも感じてしまう。

 猛暑の中、皮肉にも寒さに震える中央線で、ふと窓をあけたい衝動にかられる。そうすれば、あの頃の涼しい風を、再び感じることができる気がするのだけれど・・・。

 
※1 現在の西武多摩川線
※2 この駅もいつの日からか、「多磨」駅(「磨」に注意!)となっている。