タナカさんがまちにでる理由

「僕は定年思考なのかもしれません」
控えめな口調でタナカさんは言った。
 「その頃は若かったくせに、定年後の自分のことを考えちゃったんです」


タナカさんはもともと、オーディオメーカー、自動車メーカーでデザイナーをしていた。でも、自分の好きなはずのデザインの仕事をしながら、こう思うようになった。
 「今、自分のしている仕事がはたして世の中の為になっているのか?」「定年になって会社をやめた後、世間から自分が必要とされるのか?」
 悩んだ末、タナカさんは会社をやめた。介護福祉の仕事を経て、海外に渡る。それから、「楽しければなんだってやれる!」という考え方のもと、やっぱりデザインの仕事がしたい、と三鷹でフリーのデザイナーになった。

 フリーのデザイナー、そんな、先がまったく見えない状況から、タナカさんは自分の居場所を捜すようになった。会社という世間を出たとき、地域の中で自分のことをわかってもらえる人はいない−そんな不安に襲われたのだ。会社員だった頃は自分が住んでいる地域のことなどを考えたこともなかった。

 タナカさんは、地域にとって必要な仕事をしたくなった。自分の持っているスキルでまちのために人のために仕事がしたい。でも、自分を必要としてくれる人がまちのどこにいるのかわからない。
 そこで、タナカさんは自分がデザインした車のスケッチなどをいろいろな人に見せてまわった。「私のできることはこんなことです。自分が地域に役立つかわからないし、お手伝いできることはあるでしょうか?」と市役所や商工会議所に聞いてまわった。
 そうこうしているうちに気にかけてくれる人があらわれ、商工まつりのポスターのデザインなどをコンペで手がけることになった。それをきっかけに、まちのいろんなことに関わりだした。いまでは、いろんな提案をみたかのまちにしている。

 「いままで目に見える物ばかりデザインしてきたが、目に見えない人々の意識を気持ちよくデザインしたい!」−そういう思いから、仲間たちと「NPO法人コミュニティデザインネット」を立ち上げた。
 タナカさんは、目に見えない人々の意識、人のきもちをデザインしたいと言う。例えば、ごみの分別は人のきもちの問題。「デザインごみ袋」というかわいらしいごみ袋をつくってみた。みんながおやっと思う、そんなごみ袋があれば、いままでみんな目をそむけていたごみ捨て場も見てもらえるんじゃないか、意識してもらえるんじゃないか。啓蒙じゃなく、ふと、気づかせる、考えるきっかけをあげる、その手段がデザイン、なのだそうだ。

 さて、いまやみんなから必要とされ、睡眠時間を削ってがんばるタナカさん。いまのタナカさんは、三鷹のまちの人たちのきもちでかたちづくられているのかもしれない。(ま)